井戸,原子,分子,結晶

ポテンシャルの変化に伴う波動関数とスペクトルの発展

f:id:sasaryo1003:20180825211457p:plain 電子の波動関数と固有エネルギーはシュレーディンガー方程式の固有値問題として求まるのだけれども,その様子はハミルトニアンに含まれるポテンシャルの関数形や空間的な配置によって実に様々な形をとる。

しかし,個々の問題をなるべく厳密に解くという方針とは別に,波動関数やそのエネルギーが状況によってどう発展していくかという繋がりをなんとなくでも見れると,勉強したての頃とか理解の助けになるかもしれないと思ったので,非常に簡単なケースのみを簡単にまとめてみた。

無限に深い井戸型ポテンシャル

ポテンシャルが一定の場所がポテンシャル無限大の壁で囲まれている状況。 1次元の問題は量子力学習いたての時に学ぶ,解析解が求められるケース。単純化しすぎているようにも思えるが量子力学で重要な概念が多く現れるため,学ぶことの多い重要な問題。

波動関数

井戸の外側には電子が存在しないという境界条件の下で解く。波動関数は井戸の内部でゼロでない値を取り,波動関数の大きさが空間位置xで振動する。 つまり固定端の古典的な弦の固有振動のようになる。
波動関数の絶対値の2乗が存在確率なので電子が存在し得ないが井戸内部に現れることもわかる。 節の数が多いほどエネルギーが高い点も古典的な弦の固有振動との類似性がある。

エネルギー

エネルギーが量子化する。これは井戸の端で波動関数がゼロになるという境界条件(束縛状態)が起源で生じるもので,単に量子力学を導入しただけでいつでもそうなるわけではない。井戸の壁が片側しかない場合はエネルギー順位は連続的になる。

このように波動関数が有限な領域にバウンドされるとエネルギーが離散化するという状況は他にも見られる。例えば2次元電子ガスに強磁場を加えることでサイクロトロン運動による局在化が顕著になる量子ホール効果や,超伝導体内部の狭い領域が常伝導状態になり磁束が入り込むボルテックスのコア内部などでもエネルギーが離散化する。

クーロンポテンシャル中の電子(原子軌道)

波動関数

井戸型ポテンシャルと比べると,3次元空間なので距離rだけでなく方位\theta, \phiによっても波動関数の値が振動する。 方位方向の変化は中心力ポテンシャルの場合,ポテンシャル形状によらず球面調和関数で変化して,複雑な形状になる。

波動関数を図示するときの注意として,境界条件が「無限遠波動関数がゼロ」として解かれるため厳密には全宇宙に波動関数が存在するが,3次元→1次元の関数を表示することはできないので通常ある一定の値をとる曲面が空間に図示されることがほとんど。1次元の井戸型ポテンシャルに対応させれば例えば振幅の0.5倍の値をとる数点のみが図示されているようなもの。

3次元中のクーロンポテンシャルは回転対称性があるため,電子の角運動量が保存し,電子状態を指定する新たなラベルとして機能する(いい量子数)。 固有関数は「軌道」と呼ばれるようになり,エネルギーと角運動量の大きさによって,1s,2s,2p,3s,3p,3d...という名前がつく *1

エネルギー

エネルギーは離散的。一応原点と無限遠とで境界がある束縛状態であるため離散化している。 主量子数 n に対して \frac{1}{n^{2}} に比例するため, n がとても大きいところではエネルギー準位の間隔はなくなっていき,連続っぽくなる(現実の原子ではnはそこまで大きくならないが)。エネルギー固有値が同じだが角運動量の大きさと成分が異なるという縮退している解が現れる。

実際は縮退してないじゃん,という気持ちが浮かんだならばその感情のままスピン軌道相互作用の効果を勉強していくと捗るかもしれない。

二つのクーロンポテンシャル中の電子(分子軌道)

波動関数

3体(以上)問題なので,厳密解を求めることは困難。 この場合,複数の原子軌道を線形結合した(重ね合わせた)状態として分子軌道を求めることが多い。この方法をLinear Combination of Atomic Orbital (LCAO)という。
結合に用いる原子軌道として,1s,2s,2p...などから選び,エネルギーの近いもの同士が結合するとして永年方程式(固有値問題)を解く。結果として結合性軌道反結合性軌道という二つの固有状態が求まる。
結合性軌道は波動関数の同位相同士が重なる状態で,結合部分は波動関数が有限になる。
反結合性軌道は波動関数の逆位相同士が重なる状態で,結合部分には電子が存在しない節が生じる。

このようにして分子軌道を求めるため,波動関数の空間分布も原子軌道を重ねることで求められる。 分子軌道波動関数をpythonでプロットする

エネルギー

分子軌道を形成すると元々の原子軌道と比べて結合性軌道の方がエネルギーが低く,反結合性軌道の方が高い,というように準位が分裂する。
エネルギーの低い方から分子に含まれる個数の電子をパウリの排他律に従って順番に埋めていくことで,分子全体の電子状態を考えることができる。水素分子は電子が2個なので結合性軌道にのみスピンupとdownで電子が配置されて,二つの水素原子よりエネルギーが低くなるため,安定化する。

分子軌道を作る原子軌道がs軌道の場合,節がある方がエネルギーが高いという傾向は井戸型ポテンシャル,もしくは弦の振動一般と同じだが,p軌道の場合は必ずしも当てはまらない。むしろ波動関数の同位相部分がどれだけ多く重なるかが対応している。

エネルギーは依然離散的だが,複数の波動関数が重なることで準位が分裂し広がることがわかる。連続になる前兆のような。

N(~10^23)個のクーロンポテンシャル中の電子(結晶中の電子)

波動関数

膨大な数のクーロンポテンシャルが周期的に並んでいるなかでの電子状態。
もちろん直接厳密に解くことはできないが,ブロッホの定理という周期的なポテンシャル中の電子について重要な定理がある*2。結晶中の波動関数ブロッホ波動関数という状態になる。

 \psi_{n,k} (x) =  e^{ikx} u_{n,k} (x)

この波動関数は結晶の周期性を持つ部分 u_{n,k} (x)と真空中の電子のような平面波 e^{ikx}の部分の積で書かれている。

このような条件を満たす波動関数を形成するには,分子の場合のLCAOを少し発展させた強束縛模型(tight - binding model)を考える*3
s軌道が重なる場合を考えると,隣同士と同位相で結合し結晶全体に広がるのがk=0の一様な状態で分子の場合の結合性軌道に対応する。一方で隣と毎回逆位相で結合するのがk=\pi/aのブリルアンゾーン端の状態で分子の場合の反結合性軌道に対応する。この両極端の中間状態が(それぞれ1/Nぐらいの間隔でほぼ)連続的に存在するという点が結晶中の電子の特徴で,波動関数の平面波らしさが顕著になっている。

エネルギー

波動関数の連続性と同様にエネルギー準位も連続的になる。量子論で考えた結果エネルギーが連続的になるというのは逆説的だが,連続的になるのは原子が無限個(とみなせるほど多く)存在し,重なった状態を形成するから。これこそがバンド構造半導体の理解,応用に役立ち量子論の第一の成功になった。重ね合わせは量子論の本質の一つ*4なのでやっぱり量子論大事。

原子軌道が隣の原子の軌道と重なり合わず単独で存在するなら,バンドは出現せず単にN縮退した原子軌道があるだけだが,互いに重なるように近くとバンドが広がり,重なりが多いほどバンド幅が大きくなる*5。 波数kが変化するとバンドの内部で波動関数とエネルギーが連続的に変化する。

複数のバンドを持つためには複数の異なる原子が並んだ状況を考えてブリルアンゾーンを半分にするか,s軌道どうしだけでなく,p軌道など他の軌道からもバンドを形成するかである。
バンド構造が上に凸か下に凸か,言い換えればk=0k=\pi/aのどちらがエネルギーが高いかは結合する原子軌道の位相に依存する。p軌道同士はk=0だと逆位相同士で結合してしまうため反結合性軌道を形成するが,k=\pi/aだと結合性軌道になるため,こちらの方がエネルギーが低くなる*6。結果としてs軌道とは逆で上に凸のバンド構造になる。

おわりに

似ているもの同士を比較すると色々学ぶことや考えることが多いなと思いました。特に井戸型ポテンシャルと原子軌道の比較,分子軌道とバンド理論の比較は自分でやってて「ああそういうことだったのか」と思うことが多く面白かったです。たとえば井戸型ポテンシャルをより原子軌道に似せるために円筒形の井戸型ポテンシャルをやれば波動関数は2次元のフーリエ級数展開的にベッセル関数でかけるのかなと想像できたり,3次元の井戸型ポテンシャルをやる意味がよくわかったり,難しいバンド構造が原子間の結合を考えればなんとなくイメージできそうだ(できない)なと思えたり。

勉強不足だったので学びなおしました。ネット上でいい教材がたくさんあってありがたいです。内容の間違いや欠陥に気づいたら随時そっとなおしていきます。

参考文献
井戸型ポテンシャル:
* 【大学物理】量子力学入門④(無限に深い井戸型ポテンシャル)【量子力学】 - YouTubeヨビノリさんの動画は楽しいしわかりやすいし現代的。
原子軌道:
* 猪木・川合 量子力学1
* 量子力学II講義プリント加藤先生はいつも丁寧。
* adhara’s blogいろんな解法を見ることができます。
分子軌道:
* 小川・小島 新版 現代物性化学の基礎 あんまり有名どころを知らないです。物性との繋がりがわかる本があれば知りたい。
結晶:
* アシュクロフト・マーミン 固体物理の基礎
* http://www.bk.tsukuba.ac.jp/~ishii/doc/Note(Material).pdf分子軌道とバンドが連続で解説されているので繋がりが見やすい構成です。

最初の絵を書くとこが一番時間かかった。

*1:原子核のポテンシャルにとらわれることで電子は真空中で持つ電荷,スピンの自由度に加えて軌道の自由度も獲得する,なんて言われることもある。結晶中では軌道自由度だけが伝搬するオービトンという素励起も存在する。

*2:フロケの定理ともいう。

*3:強束縛模型をLCAOと呼称する場合もある。結晶中の波動関数を,位置Rにあるセルごとの波動関数の線形結合として \psi(x) =  \sum_R e^{ikR} \phi (x - R)とすれば,ブロッホの定理を満たす。  \phi (x - R)の部分に原子軌道をそのまま用いればまさにLCAOだが,いくつかの原子軌道の和でもよい。どうやったらワニエになるのかとかあんまわかってないです。。

*4:もうひとつはエンタングルメント

*5:簡単な場合,バンド幅はtransfer integalに比例する

*6:transfer integal が正か負かということ。c.f. Slater- Koster パラメータ